千葉和男自身による「私の履歴」

             日本で最も貧しいといわれた東北の岩手県に1948年、生をうけた私は郷里の先達、
            石川啄木や宮澤賢治、萬鉄五郎のような日本の芸術文化に寄与する生き方をしたいもの
            だという無謀な夢を抱きつつ幼少期を過ごす。ろくに授業にも出ず美術室でデッサン
            ばかりしていた高校時代、東京芸大を受験するも問題にならず失敗、多摩美術大学入学
           (絵画科油画専攻)。2年次の時いわゆる大学紛争始まる、まともに大学で学ぶことも無く
            そのまま追い出されるように卒業。

                 日本の美術界と現実にいささか疑問を感じていたこともあり、喰わんがために教職に就く
           
(横浜市立中教諭)。いわば熱血教師として子供達に好かれ(本人の錯覚であれ)、本人の
           思い込みであれ素晴らしい教育実践をするも、突然バッテリー切れを感じ、1983年、
           35歳にして教職を辞す。しばらく外から日本を見てみようと渡欧、スペインのマドリード
           に辿り着き、アカデミーでデッサンを学ぶ。ヨーロッパの厚い文化、とりわけスペインの
           芸術にたいする深い理解と在りように強くうたれ作家を生きることを決意、以後画廊や公立
           美術館からの企画個展の申し出あり発表を続ける。

           1993年帰国、仙台にアトリエを構える。資生堂ギャラリーをかわきりに文藝春秋画廊
          (銀座)、丸善(仙台)を中心に個展開催を続けて今日に至る。2005年、永井画廊
          (永井龍之介氏)との出会いがあり、以後同画廊での発表などのおつきあいいただき、今回の
           画集の発行のはこびとなる。

          2006年より再びスペイン(トレド)にアトリエをもち日本とスペインの両方で制作。無所属。