在るということ

        アルタミラの洞窟を最初に訪れたときのことは忘れない、そこでの感動が私に訳も無く確固とした平面絵画への
        信頼と確信をもたらすことになってしまったからである。スペインに渡り一年程経て北のアストゥーリアス地方の
        ジャネスという田舎街に住み、絵を描きはじめていた頃のことで家からそう遠くないところにこの洞窟があった。
        その時の大袈裟にいって啓示と言いたい程の体験がその後の十年に渡るユーラシア大陸の西端の地での制作と
        発表活動へと突き動かし、帰国して今なお私に絵を描かせていると言ってもいいのかもしれない。
        その頃私はしきりに普遍性とは何か、とか“在ること、無いこと”を呪文のように繰り返しながら絵を描いていた。

         アルタミラの洞窟は海に近い丘陵に位置し迷路のような大規模の鍾乳洞である。ホール状の広い場所もあれば
        頭を屈めて通らねばならない所もあり、かなり奥まった狭い空間にその壁はあった、野牛(ビゾン)の画である。
        壁は足元から頭の方におおい被さるように倒れ傾いていて、のけ反るか座して仰向けにならないとよく見ることが
        出来ない具合になっている。そうやって見ると物量感のある、ひと抱えもふた抱えもある房錘状という語(ことば)でも
        作るべきか半球状の岩の塊が幾つも突起していて、野牛の画はそれに描かれているのであった。
私はおどろいた、
        いや愕いたというより今までモヤモヤしていたものが一遍で全てが分かったような了解の衝撃を受けたのだった。

         暗闇の中の仄かな光を浴びて、妖しいまでの気魄を込めて立ち上がってくるその絵は立体なのであった。平面絵画
        とは立体のことであったか、“存在を描く存在”などという言葉もよぎる。描かれた世界(こと)があった(・・・)
        のではなく描かれた世界(そんざい)そのものがある、平面絵画とは当然ながら立体、四次元の存在そのものなのであった。

         そうして、その絵から見る見つめるという行為を通して存在そのものを問うている強烈な視線(まなざし)が磁波のように
        伝わってくる。在るということへの絶対的な対峙の緊張感と、在るということへの確かな手応えの幸福感(あんどかん)に
       似た魂の震動(ふるえ)。そうかそうだったのか、在るということへの果敢で積極的な肯定が平面絵画を造形として成立
       させているものであったのか、それが錯覚であれ何であれ私の描きたい絵とはこれなんだよと晴ればれとした思いで
       気持ちが良かった。

        
        以来、それを境に私は、景色や人間を写す(映す)のではなく人間(ひと)が見た、人間(ひと)が見てしまった、見ざるを
       得なかった存在そのものを描きたいと思うようになって今に至っている。

                                                                        千葉和男